人生は割と想定外

人生は割と想定外

様々なジャンルのニッチな話題を一方的な独断と偏見で深掘りしてく雑記ブログ

退院決まったけどひどい話

まさに青天の霹靂とはこのことだろう。数日前に受けた検査の結果が本日出た。結果は良好で本日退院になった。本当に良かった。

 

しかし私は怒っている。入院してからというもの、事あるごとに医者に、いつ退院できるかの見込みを聞いていたが、今日に至るまで一切示された事はなかった。なのに今日いきなり退院だなんて急すぎる。もっと言えば、昨日看護師から『明日の17時か18時に検査結果を発表する』と言われていたのに、フタを開けたら午前10時に発表された。ひどい。

 

今まで不明だった病名は、小腸出血の疑いという、なんとも歯切れが悪い病名であった。数日前に、カプセル内視鏡という錠剤みたいに飲み込んで身体の内部を一万枚にも渡り撮影し続けるおそロシア

な機材を飲み込んで検査していた。まさに人体実験である。痛くないからと言われてたが、何故か同意書を一筆書かされて、割と胃がキリキリ痛んだし、これにも私は怒っている。

 

そして、一番怒っているのが退院時間だ。17時半に退院で、と言われ、私は拒否した。なぜならこの病院では夕食は18時からなのだ。夕食30分前に退院させるだなんて、患者ではなくなった瞬間にこの仕打ちとは。私はこの病院の食事が大好きなのを知っていて意地悪をするのはひどい。私の自尊心はひどく傷ついている。

 

加えて、今日から3週間の禁酒を言い渡された。私の年末年始は、寝正月が確定したようだ。合掌。。

 

何故、食べログには病院食ランキングが無いのか

入院してから色々あったが、最近はお腹の機嫌も良く、ケツからの出血も完全に止まり、体調も良くなってきている。タバコも吸ってないせいか、食事がとにかく美味しい。私が食べている食事は、同じ病棟の婆がまずいと言っていた病院食だ。薄味だが、素朴な味わいで量も八分目。私を含む死に損ないの患者どもが健康な毎日を健やかに過ごせるように、栄養士さんが毎日せっせと作って下さっている。

 

私は今日も朝から病院食を感謝の気持ちを込めて頂戴している。私は病院食を頬張りつつ、ふと、食べログに病院食ランキングがあるか検索してみた。驚いたことに、こんなに美味い病院食が食べログに載っていないのだ。しかも、たまたまこの病院の食事だけかと思いきや、全国どこも載っていない。これは大問題だ。

 

私は人が良いと言っていたモノは何も調べずに利用する情弱だ。しかも食べログは信頼できる友人の一人、石崎君からのおススメなのだから間違いあるわけがない。私にとって食べログは絶対なのだ。だから当然病院食も載っているかと思いきや、一切載っていないのである。

 

食べログユーザーサポートに怒鳴りこんでやろうかと思ったが、私は別にクレーマーでもないし、ジェントルマンだから、一応念のためユーザーヘルプ欄を調べてみた。そこには該当しない基準が書いてあり、【食べログの趣旨とは異なるもの(病院食、学校給食、料理教室など)】と、ある…。調べておいて良かった…。危うく生き恥晒してしまうところだった。

 

私は食べログにこんな細かい規約があるなんて知らなかった。てっきり日本で作られる全ての食を網羅していると思っていた。今、私の中で食べログ最強説は音を立てて崩れた。

 

と、いうことで、是非食べログ運営元には病院食だけ例外にしてもらえるよう、生き霊を飛ばしておこう。

 

もし病院食のランキングがあれば知りたいし、誰か教えて欲しい。そうすれば、次回ケツからから血が吹き出て入院になっても、食事が美味い病院を探して入院したいと思う。

 

人生初にして最悪だった内視鏡検査

結論から言って、もうやりたくない。やりたいと思う人がいたら、それは頭のネジが飛んでる人か、よっぽどのマゾ野郎に違いない。

 

そもそも私が今回ケツから血が出た件であるが、身体のどこかから出血しており定期的にケツから噴火してしまう為、出血元を特定し止めるのがミッションだ。私の症状から、医者の先生は大腸憩室出血という病名だろうと言っていた。初めて聞いた名前だが、食事の欧米化に伴い増えているそうだ。そして、大腸に憩室という窪みがある人のみ起こるらしい。治療法は、出血地点を探して止血するしかないらしい。なんてざっくりな治療法なのだろうか。

 

そんなこんなで大腸内視鏡検査を受けることになったのだが、シンプルにケツに内視鏡を突っ込み、腸を洗浄しながら出血場所を探すようだ。腸は血まみれだというのに、果たして見つかるのだろうか。内視鏡検査もさることながら、突然の入院決定など、まさに想定外。目の前の状況が直視できず、気分が悪くなってしまった。どうやら体内での出血がひどく、貧血を起こしているらしい。

 

義母は家に遊びに来ると毎回妻に、まさかの坂が一番怖いから気をつけろと言っていた。私は心の中で『気をつけようがないし何言ってんだろう』と心の中で突っ込みを入れていたが、今私の状況こそ、まさかの坂だと感じて義母に何故か謝罪していた。

 

そんなこんなで私は車椅子・検査着・点滴という三種の神器を身にまとい、私は大腸内視鏡に挑んだのであった。その時の状況を書こうと思ったが、描写がグロテスクなのでやめておく。かいつまんで言えば、一部のマニアなら泣いて喜びそうな羞恥プレイに近く、私はずっと看護師さんに謝罪していた。見るに耐えない地獄絵図だった。しかし看護師さんは嫌な顔一つせず、励ましてくれた。

 

私はとても申し訳ない気持ちになっていた。なぜなら看護師さんに持っていたイメージといえば、ちょっとエロいお店にいる、ひと昔前のナース服を着たアジア系のねーちゃんだった。が、あれは偽物だったのだ。本物は接客中に『オカネホシイ』とか『キモチイイマサシーアルカラ』など言わず、ずっと励まし続けてくれた。私はそんな神に接客(看護)されるのが申し訳なく、何かあれば自ら率先して先回りした行動を心がけようと決心した。

 

それから私は入院となったのだが、用事があれば全て自ら出向いた。しかし、なぜか注意される。何かあればナースコールしろと言われた。なぜだ。神にわざわざ私のようなゴミクズの寝床に出向いてもらうなんて申し訳ない。隣で屁をこいて寝ている爺なんて年中ナースコールで神を呼びつけてあれしろこれしろと命令している。許せない。元気になったら私が神の代わりに世話するから覚悟しろよ。

 

本題に戻るが、私の予想通り出血場所がわからなかった。内心、医者に抗議してやろうかと思ったが、内視鏡検査で恥辱を嫌という程写真で撮られていたので控えることにした。弱みを握られているから下手な行動はできない。数日間経過を見てまた内視鏡をやると言われた。しぶしぶ従うしかなかった。この日から私は10日に及ぶ過酷な絶食生活が開始となるのであった。

続:原因不明の病で

昨日から入院中の暇つぶしの一環で始めたブログ。お金も使わないし集中できるから時間が過ぎるのが早い。

 

何よりも、こんな素人が書いた稚拙な文章を読んでくれる方がいることに驚いた。お読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。

 

さて、今回はこのブログを始めた最初の記事の続きを書こうと思う。(記事の〆に『続く』と記していたのをすっかり忘れていた。。) PCがあれば記事のリンク貼ったりもう少し読者の皆さまに読みやすくできるけど、今のところベッドの上でスマホでちまちま文字を打ち込んでいる為、読みづらいところや誤字もあるかもしれないがご容赦下さい。

 

〜前回までのあらすじ〜
朝起きたら突然の血便に驚き、siriに『血便病院』と伝えたら教えてくれた病院に駆け込んだものの、早朝から診察を待つ高齢者の熱気にやられ気味であった。さて、私の運命やいかに?
…的な感じだったと思う。


少し話を戻すと、私は社畜なので、診察が終わったらすぐにでも会社に行くつもりだった。だから仕事着に着替え、ちゃんと髪型もセットして、1キロ先の病院へ通勤用ママチャリに乗ってデコボコ道をかっ飛ばした。

 

受付を済まして周りを見ると、クタクタのジャージに身を包んだホームレスのような爺婆たちと目が合った。なんとなく気まずさを感じて後ろを見ると、血圧測定器があり、測ってみたら数値は90。今思えばこの時点でヤバイと気づくべきであった。

 

待合室のベンチに戻ると、すぐに呼ばれ、ロボットみたいな先生にケツに指突っ込まれた。声にならない声が出てしまい、看護師さんと目が合った。ニヤニヤしてしたので、診察終わったら連絡先交換しようかと思ってしまった。病状は、どうやら腸の中で出血しているようだが、痛みが全くなくて逆に怖かった。

 

ロボットは、今日何で病院来たのかと聞かれ、自転車だと言ったら驚かれた。下血したら基本的には動いてはいけないらしい。救急車でも良いらしいが、ケツから血が出たくらいで救急車使うのはなんだか気がひける。

 

診断の結果、まだ出血があるとかで内視鏡検査をすると言われ、嫌な予感がしたので、今日会社行けますかと聞いたら、ロボットは一言、しばらく無理、と言った。そして私はめでたく入院が決定し、人生初にして最悪の内視鏡検査を受けるのであった。

 

次回に続く

生き霊の取り方

私はオカルトが大好きだ。

霊感なんか全くないが、年中youtubeで心霊動画やホラーゲーム実況を観ている。でも、実際にお化け屋敷や心霊スポットには行きたくない。私は安全が担保された状況じゃないと楽しめない極度のチキン野郎だ。


そんな私が1番好きなオカルトは、近しい友人が経験した心霊話が大好物だ。テレビやネットでは感じない生々しさを感じられるからだ。今回お話する『生き霊の取り方』は友人から聞いた話だが、取る方法が面白くて今も覚えている。


生き霊に取り憑かれたのは、友人の後輩で、一時期一緒に働いていたこともあった。彼は副業でホストをやっていた。それはもうイケメンで、よく冗談で何人くらい貢がれてるの?なんて話もしていた。ある日、彼がホストを引退するとかでパーティを開くといって、意気込んでいたのを覚えている。


数日後、彼が勤務していたフロアに遊びに行くと、大怪我で入院しているという。さらに、そのことはニュースになって実名で報道されていた。 犯人は彼の彼女で、別れ話のもつれで複数箇所刺されたらしい。トイレに逃げて警察に助けを求めたそうな。完全に怨恨じゃないすか…と、いうことで彼の引退パーティも中止になってしまった。事件から1カ月後に復帰した彼に会ったが、まだ怪我の具合など痛々しくて冗談でも事件の話に触れることができなかった。


それからしばらくして、友人から彼の様子がおかしいと相談があった。あの事件以来、彼は情緒不安定で、ちょっとヤバイらしい。生き霊に取り憑かれたと話をしているようで、私は変なクスリでもやってんだろ?と思い、違う意味でヤバイと思った。ほどなくして、彼は除霊のために某県に滞在している有名な霊媒師に相談に行った。わざわざ予約する位だからかなり有名なのだろう。帰ってきた彼は、以前のように明るい性格で事件後の雰囲気は感じなかったのが、とても不思議だった。


ガチで除霊したらしいので詳しく話を聞いてみた。私はエンタメ的な除霊のイメージが強く、織○無道氏のように叫び散らしたり肩をバンバン叩いて除霊すると思っていた。が、実際は患者の腕を霊媒師が両手で挟み、脇の下からスッと抜くらしい。


生き霊は様々な霊の中で最もタチが悪いようだ。それは生き霊を飛ばす本人が行きており、一旦霊を取り払ってもまた飛ばしてくるからキリがないそうだ。

この記事を書き終わったら例の友人に後輩くんの近況でも聞いてみようと思う。

何もせず高確率でタバコをやめられそうな方法

入院していると様々なコトやモノを制限されての生活を余儀なくされる。ある日突然、社会生活から遮断されたような、刑務所での堀の中のような感覚。『健康』というゴールに向かって熱狂的な爺や婆が規則正しく生活している。

そうすると、タバコなんて当たり前だが御法度である。私は病気の関係で、たまたま今タバコを禁止されている。
しかし、吸えないストレスで辛い思いをするくらいなら、ということであくまで自己判断だが、施設内のはるか遠くに設置された喫煙所に行けば吸う事ができる。

しかし今、タバコはあまり吸いたいと思わなくなってしまった。もちろん入院している環境というのもあるだろうが、私はこの方法で実際にタバコを吸わない日々を過ごしているし、吸いたくならないので興味ある方は試してみて欲しい。

その方法とは、数日間に渡り絶食もしくは断食すること。これこそ、禁煙を成功させる1番の方法だと感じた。
というのも、私は入院をきっかけに半ば強制的に絶食しなければならず、10日にも渡り点滴だけの日々を過ごしていた。腹が減って胃がキリキリ痛んでも、医者から許可が下りずアメ玉でしのぐ毎日。まるで減量中のボクサーのような気分だった。そんな状況で空腹が辛くて、タバコなんてとても吸う気にはならなかった。

禁煙なら過去に何回かやってみたことがあった。たまたま新発売の銘柄があまりにマズくて、そこから3ヶ月くらいやめていたが、新しく勤めた職場がヘビースモーカーばかりで、吸ミニケーションせざるを得なかった。

また、今は禁煙に成功してもうすぐ数年経つ妻に至っては、当時まだ目新しかった禁煙外来で処方された薬の副作用で鬱気味になり、毎晩悪夢を見るといっていた。結局、妊娠を機にスパッと辞めてしまった。今も吸いたくなると言うが、彼女は多分吸わない気がしている。子供もいるし。

話は戻るが、絶食を経た今、タバコを吸いたいと思わない日々を過ごしている。禁煙した連中に聞くと、大体1日目〜7日目くらいが吸いたくなるらしい。私はその期間は絶食のピークで、とにかくメシが食いたくて食いたくて食いたくて…ラーメン二郎や家系ラーメンの画像ばかり眺めていた。また、談話室という患者同士のコミュニケーションルームで知り合った車椅子の婆が、病院食がマズイだの食いたくないだの、小学生レベルのワガママを抜かしていたので割と本気で叱ってしまった。そのくらい、空腹は辛かった。

と、いうことで禁煙に絶食は効果が高いと身をもって体験したので興味ある方は試してみるといいかもしれない。

ちなみに、絶食は2度とやりたくない。

 

ヒマの過ごし方

病院での日々はヒマだ。

楽しみといえば1日3回の食事と、夕方くらいに衣服の交換に来る家族との会話程度しかない。それ以外の時間はほんとにやることがない。現在収容されている病室も、出入りが激しいのとカーテンで仕切られており、同居患者の顔すら見えない。

 

今同居している患者は、カーテン越しに見えるシルエットと、咳き込みの声や看護師さんとの会話から旧式の爺さんだと推測される。どこかのタイミングで会ったら挨拶しようかな、とか思ったが、爺さんは年中オナラをしている。最近では良いBGMに聴こえるようになった。

 

つい数週間前までは、朝からすし詰め電車で会社に出勤し、ブーたれながら粛々と仕事をこなすサラリーマンだった。病気で仕方なく休んでいるのでクビになる心配はないが、なかなかヒマというのは厄介だ。

 

私の病気はやや特殊で、当初は極力ベッドでの安静と言われていた。痛みもなく元気なのに動くなと言われるのは辛い。そして、入院して間もない頃は絶食状態だったので空腹との戦いだった。少しでも空腹を忘れるために寝るかスマホでゲームとネットばかりやっていた。そしたらあっというまに速度制限がかかりストレスで胃が痛くなった。今も速度は遅いままだが慣れてしまった。表示しなくなるわけじゃないし、気長に待っている。慣れは怖い。

 

ベッドには備え付けでテレビがあり、自由にみることができる。ただし1000円で10時間しか見せてくれないカード式テレビだった。私は少しショックを受けた。入院したくてしたわけじゃないのに視聴料を取るだなんて…。しかしヒマは手強く、巨大で、ヒマの過ごし方について訓練していない私はテレビの誘惑に負けてテレビカードを買ってしまった。

 

普段、私はテレビをそこまで観る方ではないが、プロレスとお笑い、あと深夜のNHKは割と攻めてるので好きだ。が、今回はヒマの過ごし方なので長い時間を過ごせなければ意味がない。そんな期待を込めて高校の夏休み以来となるテレビをじっくり観た。昼間のワイドショーの井戸端会議具合はそこそこ楽しめた。が、とてつもなくどうでもいい情報を真剣な顔したコメンテーターが討論するという、まさにエンタメ的な内容で胃がもたれた。

 

楽しい(?)時間はあっというまに過ぎ、テレビカードもわずか1日で切れてしまった。じっくり観たはずなのに内容が記憶に残っていないのがさらに凄い。

 

テレビも飽きた頃、友人が見舞いにきてくれた。友人は何冊かの熟女エロ本と週間プロレスをくれた。友人らしいいつもの自分への雑な扱いがうれしかった。ヒマを潰すため、エロ本は広告欄にもじっくり目を通し、女優画像の加工の甘い箇所を見つける時間に費やせた。週間プロレスはコラムをじっくり読んだ。ライターさんごとに特徴ある記事や文章構成でなかなか楽しめた。

 

そして今に至るのだが、こうして考えてみると、ヒマは一見悪者のように見えるが、ヒマな時間があるからこそ色々なものに触れる時間や新しいことに興味を持てるとても良いことだと感じた。この感覚に近くて、さらに深いことをスチャダラパーが『ヒマの過ごし方』という曲でラップしてたっけ。

 

聴きたいけどスマホが速度制限でYouTube固まって見れない…寝るか。。

カビで洋服が8割殉職した話

これは今年の8月後半くらいの話。その時の私は、今みたいな入院生活なんて想像できないくらい、それはもう元気で充実した毎日を…過ごしていたわけではなかった。追って書くが、違う意味でつらかった時期だった。

いや、今年1年ずーっとつらかった。ざっと発生したイベントを書くと、退職、出産、転職、自宅浸水、犬を里親へ、入院、というように、毎月何かしらイベントが発生していた。呪われていると思いたくなりそうなものだが、ここまで集中すると新しいイベントが起こってもあまり気にしなくなっていた。慣れは怖い。


さて、今回のタイトル、『カビで洋服が8割殉職した話』であるが、これは先ほど挙げた自宅浸水イベントの発展系である。

もう既に引っ越ししてしまったが、当時住んでいた自宅は第1子出産に伴い越してきた家だった。物件は古かったが他所へのアクセスが良く、その頃犬を飼っており、動物許可があったのも魅力的だった。その家には4年ほど住んだが、うち2回浸水している。


浸水には何故か縁があり、以前も違う家で浸水被害に遭った。普通、浸水というと木造平屋建てとイメージできそうだが、私の場合どちらもマンションだった。話が逸れたので戻すが、今年は雨が集中して降ることが多かった気がする。


何日か集中して雨が降ったある日、妻から電話があり、壁が濡れていると意味のわからない電話があった。かなり本人も取り乱しており、私は密かに子供か犬が壁に向かって小便を撒き散らす家庭内テロを敢行したのかと勘ぐってしまったが、その日帰宅してみると確かに濡れている。まるで冬の窓に発生する結露のごとき濡れ具合だった。

しかも濡れた壁の場所が、部屋の中心で、隣の部屋との仕切りになっている壁である。どう考えても隣の住人が我が家の壁に向かって水を撒いてるとしか思えず、何回かクレームを出そうか悩んだ。

隣の住人はいわゆる典型的なDQNってやつで、これまた色々あった。そんなこんなで浸水については速攻で大家に連絡して対応して貰ったのだが、古マンションで他の部分にもガタがきていたので合わせて対応してもらうことにした。


それから数日後、大家が手配したリフォーム会社が来て室内をくまなく調べていった。問題の浸水は結局のところ原因不明だが、恐らく外の水が基礎から滲みて上がってきているとか…。それはいわゆる欠陥住宅というやつじゃ?なんて脳裏によぎったが、彼ら曰く初めてのケースだとかで渋々納得した。浸水だけでなく他の修理箇所も大家経由でこの業者に頼んだ。


浸水した部屋は和室で、壁や畳もありえない程湿ってしまったので張り替えとなった。が、お気づきだろうが、これは根本的な解決になっていない。本来は基礎から直すくらいやって欲しかったが大家にかたくなに拒否された。私は大家を許さない。早く天国の階段を登ってくれるように願うばかりである。


そんな浸水対応をした日に、合わせて調子の悪かった風呂場の換気扇を交換して貰った。が、これがマズかった。

プチリフォームが終わってからというもの、風呂あがりに換気扇を回すと何故かトイレが異常に湿気がこもるようになった。業者が付ける方向を間違えたようなのだが、私や妻は度重なるトラブルで疲弊してしまい、結局引っ越しした。


浸水や換気扇の付け違いが原因で、部屋は常に湿気がこもり、家のあらゆる物がカビでやられてしまった。最もショックだったのは、1週間前に着たスーツがカビで殉職した時で、さすがにこたえた。半分泣きそうになりながら他の服を選別したが、結局8割殉職してしまった。クローゼットがカビだらけの光景はさながら風の谷のナウシカに出てくる腐海のようで、私は巨神兵のようにカビだらけの服を駆逐したのであった。

人間の三大欲求といえば、食欲、性欲、睡眠欲。半ば強引に、そして突然決まった人生初の入院はこれまでの私の浅はかで欲深い人生を見つめる良い期間になっている。


入院前の私はとにかく物欲しか無かった。目に映るモノは全て欲しい欲しい欲しい…の繰り返し。しかしお金は妻の仮面を被ったデーモン閣下に握られており、買えないから願うだけ。


が、しかし、今こうして不自由な入院生活を送りながら、気づいたことがある。

私は入院してから約10日間は絶食状態だった。まさかこんなに長期間食事できないとは思って無かったので、最初はいまいち現実感のないままダラダラ過ごしていた。出血するからという理由で移動は制限されて、慣れない点滴と血管が細いからという理由で左右で10発を超える注射。メシは食えずこんな拷問のようなことをされると、だんだん精神的に落ち込んでくる。


入院して絶食10日目くらいで先生から食事許可がおりた。その日から翌日朝の食事が始まるまでがとにかくつらかった。

そして、11日ぶりに食べた食事は…一言では表現するには困難な、本当に生きてて良かったと心から感じられる、とても美味しい食事だった。


その日は世間が休みにあたる日ということもあり、友人が何組か病室に訪ねてくれた。友人は私の趣味をよく理解してくれていて、一冊のエロ雑誌をお土産でくれた。彼らが帰った後、エロ本を眺めていた時だった。久々に感じるあの悶々とした感情、性欲が湧いてきたのだ。その瞬間、私は気づいた。性欲は食欲が満たされないと湧いてこないと。


治療の甲斐あって今は物欲にまみれている。ベッドの上でスマホ眺めながらアマゾンとヤフオクにアクセスする日々であるが、1日3回ある病院食の時間だけが楽しみな入院生活を送っている。


原因不明の病で

今、私は長期で入院している。

 

いまだ原因は不明である。ある朝、いつものようにウンコをしたら赤黒い血が、、。いわゆる血便というやつだ。

 

昔、パリピな友達と原宿と青山の間にある(今は不明だが)城みたいなレストランで飲み会を開いた時にしこたま飲まされたサングリアを経た翌日の下痢便かのような鮮やかな色合い。一瞬、ワインでも飲んだかと考えてしまった。しかし残念ながら、前日は昼に刀削麺、夜は納豆ごはんおかわり二杯という、いたってアジアなラインナップでの食事だったので原因はイマイチわからなかった。

 

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